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東京高等裁判所 昭和40年(く)33号 判決 1965年4月26日

申立人 藤津昭平

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、被疑者今井栄文は、抗告申立人からした国家公務員法第一〇〇条第二項の許可請求に対し許可を与えず、更にその異議申立を棄却する裁決をし、もつて公務員職権濫用罪に該当する所為をしているのである。然るに原決定は、国家公務員法第一〇〇条第二項の許可をするためには、その許否の対象となる事項が特定されておらねばならないのに、まだその特定がないことを理由に被疑者の右の如き措置は相当であるとしてこれを是認している。しかしながら、民事訴訟における当事者尋問の尋問内容は、裁判所の尋問期日に尋問が実際に開始されて始めて判明するのである。東京地方裁判所昭和三九年(行う)第一八号行政処分取消損害賠償請求事件において、裁判所は昭和四〇年二月二六日原告たる申立人の当事者尋問を職権で行う旨証拠決定をしたのであるが、その尋問事項は告知されていないのであるからその内容の詳細は全く不明で、これが特定していないのはむしろ当然である。従つて許否の対象事項が特定していないことを理由に申立人の請求をしりぞけた原決定は不当である。また本件行政訴訟においては、本来秘密事項である勤務評定事項を争うものであるから尋問事項の内容は当然秘密事項を含むものとして概ね特定されているとみることができる。然るに原決定が前記許可請求の対象となる秘密事項が特定していないことを理由に申立人の請求を棄却したのは不当であるからその取消を求めるというのである。

よつて検討するに、国家公務員法第一〇〇条はその第一項において、職員は職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない、その職を退いた後も同様とすると規定し、現に公務員たる者や前に公務員たりし者に一般に職務上の秘密を守る義務を課し、唯同条第二項において、法令による証人等となる場合で所轄庁の長が許可した場合に限つてその義務を解除しているところからみると、所轄庁の長の前記許可は、その事項を特定してなすべきものであるし、従つてまたその許可申請も、発表する事項を特定してなさねばならない。そうでなければ所轄庁の長としては、職務上の秘密に亘る事項を特定して申請者にその発表を許可するかどうかを決定することができないからである。この点に関する原決定の説示は正当である。しかるに、申立人の本件行政訴訟における証人許可願によれば、東京地方裁判所昭和三九年(行う)第一八号行政処分取消損害賠償請求訴訟事件に関し国家公務員法第一〇〇条第二項における証人の許可を申請するというだけで発表する事項は何等特定されていないのである。申請書に右訴訟事件の第三回準備手続調書が同封されていたからといつてそれだけで発表すべき事項が特定されたことにならないことはいうまでもない。また前記行政訴訟が秘密事項である勤務評定を争うものであるといつても、いかなる秘密事項を発表しようとするかは許可を求めるものの意思いかんにかかるところが多く、訴訟の対象が勤務評定事項であるとの一事をもつて直ちに許可申請の内容である秘密事項は当然に特定しているということはできない。また右許可申請当時前記行政訴訟において当事者尋問の採用決定がなされていなかつたことは認められるが、申立人としては右採用決定前であつても、国家公務員法第一〇〇条第二項の許可申請をする以上その意図する発表事項を特定して申請すべきものであるし、それができないわけでもない。従つて申立人がなした前記許可申請は不適法というべきである。してみれば右許可申請に対して、海上保安庁総務部人事課長名義で申請書を返送した措置並びにこれに対する異議申立を棄却した被疑者の前記裁決は、国家公務員法第一〇〇条第三項に違反するものでなく、これらを目して公務員の職権濫用であると主張するのは全くいわれのないものである。尤もその後右訴訟事件の昭和四〇年二月二六日口頭弁論期日において、原告たる申立人の当事者尋問が決定されていることがうかがわれるのであるが、それは原決定で問題となつた被疑者の前記の如き措置よりも後のことであつて申立人の本件主張の成否とは関係のないことである。

これを要するに、以上説示のとおり、申立人の本件請求を棄却した原決定は相当で、本件抗告は理由がないから、刑事訴訟法第四二六条第一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 新関勝芳 中野次雄 伊東正七郎)

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